「出世」という言葉に、あなたはどんな気持ちを抱きますか。
私は40代後半になった今、会社での出世を目指していません。そして、そのことに後悔はまったくありません。むしろ、早いうちに「出世という物差し」を手放せてよかったと感じています。
これは、バリバリ昇進を目指した末に燃え尽きた、という話ではありません。もっと地味で、正直な話です。今日はその「手放した経緯」と、そこで得たものについて書いてみます。
「諦めた」のは、最初の会社を辞めたとき
私が事実上、会社での出世を諦めたのは、学校を卒業して最初に入った会社を、約8年勤めて辞めたタイミングでした。
当時は2000年代の半ば。今ほど転職が盛んな時代ではありませんでした。しかも、その頃は雇用の状況もあまり良いものではなく、転職先で改めて出世を目指す、というのも現実的ではなかったのです。
だから、最初の会社を辞めた時点で、「会社組織の中で上を目指す」という道は、自分の中で自然と閉じました。積極的に「諦めるぞ」と決意したというより、辞めるという選択が、結果的にそういう意味を持った、という感じです。
そもそも、上を目指す気持ちが湧かなかった
正直に振り返ると、私は入社した当初から昇進・昇格をあまり意識していませんでした。
理由ははっきりしています。最初の会社で、上のポジションの人たちが、まったく魅力的に見えなかったからです。「あの人みたいになりたい」と思える先輩も、目標にしたい人物も、そこにはいませんでした。
「上に行っても、あんな働き方になるのか」と思えば、目指す気持ちが湧くはずもありません。今思えば、そういう会社を選んでしまったこと自体が、失敗だったのかもしれません。もし尊敬できる先輩が一人でもいれば、話は違っていたのかもしれない、とも思います。
手放して、何が変わったか——「割り切り」ができた
会社を辞めて出世の道を手放したことで、私の中で何が起きたか。
一言で言えば、「割り切り」ができたということです。
「この会社を続けても、魅力的な未来が見えない。それなら、自分で何かを切り開くしかない」——そう思えたのです。
ただ、これは決して簡単なことではありませんでした。一つのレールから降りて、自分で道を探すというのは、それなりの勇気が要ります。安定した会社員という立場を手放す不安も、当然ありました。それでも割り切れたのは、当時の私が、それだけ追い詰められていたからかもしれません。
正直に言うと、当時は「ほっとした」
出世を手放すことに、葛藤はなかったのか。ネガティブな感情はなかったのか。
正直に言うと、その当時、葛藤はほとんどありませんでした。
というのも、私が辞めた会社では、パワハラや長時間労働で、心身ともに疲れ切っていたからです。出世がどうこう以前に、その環境から離れられることへの「ほっとした」という気持ちの方が、はるかに大きかったのです。
そして、少し先の展望もありました。学生時代に人材派遣のアルバイトをしていて、その待遇が意外と良かったことを覚えていたので、「当面は派遣でもいいか」くらいに考えていました。しばらくは正社員にこだわらず、派遣で食いつなぎながら、自分の進むべき道をゆっくり定めよう——そう思っていたのです。
「正社員でなければ」「出世しなければ」という思い込みを手放したことで、選択肢はむしろ広がって見えました。
ただし、これは「時代」の話でもある
ここで、大事なことを付け加えておきたいと思います。
私が出世を手放した2000年代半ばと、今とでは、状況がまったく違います。
今は人手不足による売り手市場が続いています。転職も当たり前の時代になりました。そして、当時の私を苦しめたパワハラや長時間労働も、以前よりは確実に減っているはずです。
今の恵まれた環境なら、会社組織の中で力を発揮して、その道で人生を進めていく——それも、十分に魅力的な選択肢だと思います。尊敬できる上司や、目標にできる先輩がいる会社なら、なおさらです。
要は、環境と、自分の相性次第なのです。
まとめ:「会社の物差し」は、唯一の物差しではない
私が伝えたいのは、たった一つです。
会社での出世は、人生を測る「唯一の物差し」ではない。
出世という物差しで測れば、私はきっと「うまくいかなかった人」でしょう。でも、その物差しを手放したからこそ、私は「自分で道を切り開く」という別の生き方に踏み出せました。会社に人生のすべてを預けない、今の会社に依存しない生き方につながる考え方は、あのとき始まったのだと思います。
もし今、あなたが「出世できない自分」に引け目を感じているなら——一度、その物差しを疑ってみてください。会社の中で上を目指すのも、別の道を切り開くのも、どちらも正解です。大切なのは、自分にとって納得できる物差しを、自分で選ぶことだと、私は思っています。

